重戦機エルガイム メモリアルボックス1

単純に聖戦士ダンバインとの兄弟アニメと思って見始めたんですが、どうも富野っぽくない・・・と思いながら見てたような気がします。

主人公のカモン・マイロードは、ヤーマン族の王家の末裔なのですが、オルドナ・ポセイダルのヤーマン族根絶やし作戦により、幼いころ故郷のミズン星を追われ、「ダバ・マイロード」と名乗って暮らしていました。物語はダバがヤーマン族の技術を用いて作られたヘビーメタル「エルガイム」を持って旅をしているところから始まります。

最初のうちは特に違和感もなく見ていたのですが、「ノーブレス・オブリージュ」という言葉が出てきたあたりからどうも怪しくなった気がします。ヤーマン族の過去を知るなどの出来事が積み重なり、ダバはカモン・マイロードを名乗る決意をし、名実ともに反乱軍のリーダーとなります。ここで元リーダーの口から「ノーブレス・オブリージュ」という言葉が出てきます。そういえば、機動戦士ガンダムF91では主人公の敵側であるマイッツアー・ロナがこの言葉を使っていたし、富野氏としては好きな概念なのかもしれません。高貴なる者の義務という意味らしいんですが、主人公側がこの言葉に沿って話を展開するのって富野アニメ的にはちょっと考えづらいんですよね。富野アニメのキャラクターって、基本的には個人の事情で戦いをするわけです。血とか身分で戦う敵に対し、個人の事情で戦う主人公側が勝利を収めるわけです。そうすると、ダバはカモン家を再興することはできなくなってしまいます。そのためか、カモンを名乗ることを決めたエピソードから、カモン家のならわしみたいなイベントが起きたりするものの、普段はあくまでリーダーとしての責任と判断をすることになります。カモン家の都合を考えることはありません。確かに反乱軍のリーダーが王族でどうするよ、という考え方もあるかもしれませんが、ノーブレス・オブリージュの考え方を受け入れれば、リーダーとして立てるのはそういう人間となるわけで、カモン家の末裔であるダバが、カモン・マイロードとしてカモン家を前面に出しながら反乱軍を率いるというのは十分にありえます。このあたり、葛藤というか中途半端さというか、そういうものを感じました。

あと、気になったのはちょろちょろ裏の設定っぽいものが見えてくる部分。たとえば、エルガイムMk-IIの額の部分で、人型っぽい影がときどき動きます。結局話の最後までそれが何かは明かされませんでしたが、調べてみると、エルガイムMk-IIの頭部は1度破壊され、拾ってきた頭をくっつけて修理しており、その機体がたまたまセカンドセントウォーと呼ばれる昔の戦争で使われたブラッドテンプルで、その頭部にはファティマという女性型有機コンピュータ(人工生命体とも。失われた技術)が休眠状態で入っていたと。で、たまに覚醒してすごい能力を発揮するらしいです。

このほかにも、調べれば調べるほど永野護の影が濃くなっていく。「これ、永野の世界観に富野の趣味がくっついてるな・・・」と思うくらいに。さらに、「永野が富野の監督下で悪戦苦闘しながらなんとか世界観を盛り込もうとしているな・・・」と。ファティマの件も、かなり不自然なのです。本編上で、エルガイムMk-IIの頭部が破壊されたという描写はありません。しかし、反乱軍が奪取する前のエルガイムMk-IIの塗装は全身オレンジ色の機体なのに、なぜか頭部だけが真っ黒になっており、一見すると頭がないように見えます。でもあるのです。なのに、奪取後は頭を取り付けるエピソードと、「うまく付いたじゃないか」というダバのせりふがあり、頭部は別のところから持ってきたことを匂わせます。また、時々覚醒してすごい力を・・・と言いましたが、本編でそのような演出はありません。たまたま頭部が映り、その中に人型の影が・・・という程度です。なんとなく、富野に認められなかったファティマという存在を無理やりねじ込んでたんじゃないかなあと思えてくるんですよね。永野護が後に描き始めたThe Five Star Storiesというのは、そういう消化し切れなかった世界観を自分の手であらわすために作ったものなんじゃないかなと思えてくるのです。

そんなわけで、非常に気になる要素がいっぱいだったのがエルガイム。でも資料関係はけっこう消えちゃってるんですよね。絶版になったりして。本編で語られなかったそういうものを見る機会が欲しかったなあ。

関連リンク:
Five Star Stories
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